Column

コラム:石田えり『風の色』vol.5

“孤独”のレッスン

英語と演劇を学ぶため、数年前の7月から半年、ロンドンに留学した。英語学校での主な話題は、“週末”についてだ。月曜日は、どんな週末を過ごしたか。火曜から金曜までは、次の週末は何をするか。「別に何も」と答えようものなら、さまざまなリアクションの前に必ず一瞬の間があった。季節が涼しくなってくると、金曜の夕方、人でにぎわうパブやレストランを横目に、学校からひとり劇場に向かうのは、さすがに寂しかった。ある土曜日の夜、勉強していたが身に入らず映画を見に出かけた。どしゃ降りだった。切符1枚頼んだら、係の女が「売り切れ!」と吐き捨てるように言った。あまりの態度にあぜんとしていると、まるで私が汚いもののように顔を背けた。異国のどしゃ降りの中、ぼうぜんと歩きながら、生まれて初めて殺意がわいた。“孤独”は危ない。“孤独”は人を蝕む。次の日から、積極的にクラスメートを誘い始めた。しかし今度は人に振り回されて、生活が乱れた。留学の目的を完全に見失った。ついに覚悟を決めた。ひとりで行く。今しかできないことを黙々とやる。情報誌を買って、翌日見に行く芝居を真剣に選んだ。劇場に着くと長い行列。私の番までキャンセルが出るとは思えなかった。とそこへ、なんと真田広之くん。どのくらい長い列なのか見に来たという彼は2番目に並んでいたので、私の切符も買ってくれた。ど真ん中の席で、あり得ない偶然、あり得ない時間を、全身で楽しんだ。

 

石田えり
2005年10月2日/赤旗日曜版より