Column

コラム:石田えり『風の色』vol.7

からっぽの私

タイで映画の撮影中。ほんの数時間、飛行機に乗っただけで、まるで違う世界に自分がいる。タイの人たちは聞きなれない言葉を話していて、“宇宙人”みたい。ギョッとするほど甘い飲み物のせいで、私の体もギョッとして、早く体の外に追い出しそうするので、トイレに着くまで必死でなだめすかさなければならなかった。でも今では、その絶妙な味の組み合わせが大好きになった。こういう素朴な場所にいると、夢を見ているみたいに客観的な視点を持つので、日常を面白がれる。余計な情報がない分、目の前で起こることをあるがまま楽しめる。映画を手段に野心を満たそうとするのではなく、映画そのもののために、今やれることをただやっているだけなので、タイ人スタッフも含めてみんな仕事がきれい。こんな環境にいると、自分が美人かブスか、若いかババアか、有名か無名か、金持ちか貧乏か、才能があるかないか、なんてどうでもよくなって、からっぽでいられるから、とっても楽。そんな人たちが、やっと取れた休みの日に集まって飲む酒は楽しい。私はこういう私にもなれるんだな。東京に帰っても、この感覚だけは持ち帰って、忘れないでいたい。今度は私が“宇宙人”の視点で東京の日常を生きるとき、いつものスーパーマーケットも新鮮に映り、買い物という行為も、かけがえのない時間に見えたりするんだろうな。楽しいな。

 

石田えり
2005年7月10日/赤旗日曜版より