Column

コラム:石田えり『風の色』vol.9

演じることと想像力

役を演じるとき、その人物が良いか悪いかという判断ではなく、私なりの想像力で、ひとりの人間を創造します。だから、別の俳優が演じると同じ役でも全く違う人物になったりします。今年初めに実際に起きた事件。“デパートで赤ちゃんを殺した男”を演じると-------。
僕の両親は新聞配達をしていた。ぼくたち子ども3人のために懸命に働き、いつも疲れていた。貧しい上に、仕事柄、みんなからバカにされた。ぼくが幼いころ、両親は相次いで亡くなり、兄弟もバラバラになった。相変わらずバカにされながらおとなになり、ある日、窃盗で刑務所に入れられた。ここでも外の世界と変わらなかった。作業時間が一番楽だった。両親の血が流れているせいか、与えられた仕事は黙々とこなし、模範囚となり、刑期より早く外に出られた。僕にはどこにも行くところがなかった。あまりの寒さと空腹で、暖を取ろうとデパートに入った。突然別世界だった。のどかな音楽、いいにおい。華やかで豊かな品々。めまいがした。ずっと堪えていた何かがとれて、全身の力が抜けた。フラフラと包丁を取り、目の前にあった絵に描いたような幸せに真上からいっきに包丁を・・・。これで、刑務所に戻っても、もうバカにされない-------。自分をとりまく状況は、自分が選んだ結果見えているもの。同じ状況でも別の人には全く違う世界に見える。状況を変えるためには、まず自分自身が変わらなければ。

 

石田えり
2005年4月10日/赤旗日曜版より